24年間、封印してきたこと


前回のブログでブックレビューした本を読んで、思い出した人がいました。
それは若くして亡くなった同級生のN君です。

今までほとんど人に話したこともなく、自分の中だけで思い出す存在だった彼のことをたくさん考えました。

もちろんブログに書いたことも書く気もなかったのですが、なんとなく突き動かされて書いてみます。(どきどきする)


彼とは小中高と一緒で、小さい時からずっと知っている幼なじみ。
お互い大学生になって和歌山を離れても連絡を取り合ったり地元で会ったりしていた。

そして私がイギリスに留学していた24歳の頃、彼が日本の大学院修了を前に旅行を兼ねて訪ねてくることになった。
(ちなみに彼とはお互いの恋愛話を相談するような、親友の間柄)

数日をロンドンで一緒に過ごし、そのあと私はカナダに住むいとこを訪ねる予定が入っていたためヒースロー空港まで見送ってくれたN君と別れ、彼はそのあと私のフラット(いわゆるアパート)にひとりで滞在していた。

そして彼は日本へ帰る途中、立ち寄ったタイで還らぬ人となったのだ。

カナダからロンドンのフラットに戻り、N君の置き手紙や空き瓶のアート作品(彼は絵も文章も上手だった)を見つけてふふっと笑い、留守番電話のメッセージを聞いて息が止まりそうになった。

それはN君のお兄さんからで、彼がタイで亡くなったことがとても静かな落ち着いた声で録音されていた。
タイで路上強盗に襲われて荷物も服もすべてなくなった状態で発見されたという。
でも真相は今もよくわからない。

その知らせを聞いたあとのことはあまり覚えてなくて、人生で初めて眠れなくなり食べられなくなった。

うつろな目で、ほんの数週間前に二人で歩いたロンドンの町を信じられない気持ちでふらふらと歩いた。途中、ピカデリーサーカスの薬局で精神安定剤を買おうと思い、まだ英語がそれほどうまくなくて辞書で調べた訳のまま、”Do you have a tranquilizer?”と店員さんに聞いたら、”Of course NOT!!” 「あるわけないじゃない!(何言ってるの?このアジア人)」的な呆れた感じであしらわれたことがますます私の心を折った。
もうロンドンにいたくない、と思った。
(tranquilizerは強めの抗精神薬のことで、いま考えると薬局に置いているはずがない)

その数か月後、私は大学院に進学するためにブライトンという海辺の町に引っ越した。
ロンドンを離れられてほっとしたのを覚えている。

空き瓶を使った彼のアート作品はペン立てなどにしてずっと使っている

それでも大学院のとき、修士論文を提出して日本に帰国したとき、東京の翻訳会社で働きだしたとき、急にいなくなってしまった彼のことをふと思い出してはやるせなくなった。
たぶん10年くらいはそんな感じだったと思う。

なぜ才能あふれる彼が、あんな形で命を落とさなければならなかったのだろう。
あまりにいい人すぎたから神様に連れていかれてしまったのかな?

そして私がイギリスに留学していなければ彼がこの旅を計画することはなかったのに、と自分を責めたりもした。
思い出すとつらいので彼のことを心の奥底にしまいこんでいた時期もある。

いま私は48歳になり、24歳で逝ってしまった彼のちょうど倍を生きている。
最近は人生でつらいことに直面するたびに、「N君だったらなんていうだろう」「どこかで見てるんだろうな」「彼に恥ずかしくないようにできるだけ自分に正直に生きなければ」と勝手に彼の存在によって助けられているのを感じる。

前回ブックレビューした「亡くなった人と話しませんか」を読んだとき、次の言葉にはっとした。

自分自身を大切に生きていないことはあの世では罪深いこと

後悔の念を伝えるより、生き生きとした姿を見せつけるほうが亡くなった人も安心する

あらためて「かなちゃん、せっかく生きているなら自分に正直に生きたら?」と彼に言われているような気がした。

確実に死に近づいていることを感じ始める年齢になったからこそ、メメント・モリ(memento mori: ラテン語で「死を想え」「死を忘れるな」)が前より理解できるようになったのもある。

人はいつ死ぬかわからない。だからよく生きるためにいつも死を忘れてはならない。
むしろ死を意識して今を生きることが大事だと、彼を含めて亡くなった人は教えてくれているのだろう。

偶然のタイミングで手に入った本で、自分の生き方に向き合い、さらにここまでN君のことを考えるとは思ってもみなかった。
そして彼のことをブログに書くことになるとは想定外だった。

なんとなく心で「N君のことブログに書いていいかなあ」って聞いてみたら窓からきれいな鳥の声が聴こえたので、「よし、いいってことにしよう」と勝手に決心した。
書いてよかったと思う。

大切な人を亡くした経験のある人は、ぜひ読んでみてほしい。

Kana


2 thoughts on “24年間、封印してきたこと

  1. 読ませて頂きました。
    時間が解決してくれることもあります。
    人が解決してくれることもあります。
    お金が解決してくれることもあります。

    しかし。

    最後の最後は。。

    自分で解決するというか・・・

    自分の魂を穏やかにさせる感情を、
    自分の中に呼び起こす・・・
    それが大切かと感じました。

    大切な人を失った人は特に・・
    時間がかかるものではないでしょうか?

    素直な心の感情や意識が表現されて、
    大変あたの気持ちが伝わってきました。

    ありがとうございました。

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