村井理子さんインタビュー(番外編、その1)ー書籍翻訳は夢にも抱いていなかった


翻訳家の村井理子さんに英語学習についてインタビューを行ったのが、2019年。編集ライター養成講座の卒業制作がきっかけでした。本当にありがたいことにそのインタビュー記事が最優秀賞をいただき、今年の3月にアドタイに掲載されました。

村井さんとのインタビューでまず驚いたのは「語彙力と表現力が豊富すぎる!」ということです。どんな質問に対しても言葉がポンポン飛び出して、お話に引き込まれます。さすが、Twitterやエッセイで読む人を魅了する村井さん。そのお人柄と日本語力をリアルで感じました。

ただ卒業制作は6000文字という字数制限もあり、記事からこぼれ落ちてしまった内容もたくさんありました。どこかで発表できないかなあ…と心残りだったので、番外編としてこのブログで紹介します!3回連載でお送りする予定。たくさんの方に楽しんでいただけますとうれしいです。

ひとつひとつ丁寧に答えてくださる村井さん

書籍翻訳はぜんぜん目指していなかった

翻訳家になるための門戸は決して広くはない。英語ができるだけでは不十分だし、それが書籍であればなおさらだ。村井さんは京都外国語大学を卒業後、意外な経緯で書籍翻訳の道へと進んでいった。

―英語に携わる仕事は、いつ頃から?

村井さん: 就職の氷河期にぶつかったこともそうだけど、私、就職活動がみんなのように全然できなくて。もう嫌で嫌でね。スーツ着ること自体がかなりのハードルで、就活まったくしなかったんです。1~2回は会社訪問に行ったかな、でもすぐやめちゃって。「もうこんなことするんだったら働かない方がいい、アルバイト3つくらいで生きていける」ってその当時は思ってました。それで結局アルバイトで翻訳をやって、何とか食いつないでいたかなという感じ。

―私も同世代の実感として、よくわかります。そのアルバイトではどんな翻訳をやっていましたか?

村井さん: 派遣で会社に入ってました。翻訳がある部署に行って、5~6年はやってたかな。いま考えると簡単とはいえ、よくあんないい加減な翻訳をやってたな(笑)って思う。

―そこから書籍の翻訳へと進まれるわけですが、その流れはどこから?

村井さん: そのとき一緒に働いていた女の子たちがいて、今でも仲がいいんですけど、そのうちの一人が「私こんな仕事してても先がないような気がするから」と言ってデジタルハリウッド(Webクリエイター向けの学校)に通ってたんです。その彼女から「卒業制作で何か作らないといけないからアイデア出してくれない?」って言われて、「あ!私、実はおもしろいネタいっぱい持ってるよ!勝手に数年前から研究してることがあってね。ブッシュさん(元アメリカ大統領)ていう人がいて、その人の発言が面白いから」と紹介しました。

 その私の渾身のネタを彼女が卒業制作としてサイトにまとめたら、それが賞を取ったんです。それで雑誌『ダカーポ』の目に留まって「特集を組みたい」と私に連絡があって。「あ、いいですよ」って言って出したら、次の日くらいにまた出版社から「本にしたい」と。すぐに書き始めて、出版したらその本がけっこう売れてヒットしたんですよ。それから依頼がいろいろ舞い込むようになって、あれよあれよという間に今です。

 でも書籍の翻訳はぜんぜん目指してなかったというか、自分ができるとはまさか思ってなかったです。本好きではあったけど夢にも抱いたことがないことだったので。そもそも私が翻訳本を読まないんですよ、ぜんぜん。今は仕事上で読みますけど。でも自分では選ばない。


ブッシュ元大統領の本(『ブッシュ妄言録』)が書籍翻訳デビューということはプロフィールでも目にしていたが、友人の卒業制作のお手伝いがきっかけだったとは!

さらに、翻訳本は読まないが、趣味で延々とブログサイトにブッシュの発言をまとめていた村井さん。これが書籍翻訳の道へとつながるとは、ご本人もおっしゃっているようにまったく想像していなかったことだろう。

ちなみにそのブログサイトは12年ほど書いていて「ものすごいテキスト量、びっくりするほど(笑)」だったが、ぜんぶ消してしまったそうだ。何とももったいない。

お話を聞いていて、村井さんは何事にも肩の力が抜けているように感じた。期待も見返りもなく、ただ好きなことをやっていたら、それが書籍翻訳デビューという大きな結果につながった。インタビュー前から「飄々としながら大きな仕事をこなしていく」というイメージを村井さんに持っていたが、それを彷彿とさせる始まりのエピソードである。

もちろん人生にはときに大変なことが起こるし、心配事や悩みは尽きない。でも何かを長く続けるには、必死さよりもどこか緩さが必要なのかもしれない。その真ん中に「好き」という素直な気持ちがあれば、自然に道が開けていく気がした。

次回(その2)は、村井さんから見た日本の英語教育に迫ります。

Kana